どうも、孤高のB型ブロガーみやび☆りゅうです。
たまにどうしようもなく物書きをしたくて、ショートストーリーなんかを
書いたりするのですが、発表したくても出版社からお声がかかることはほとんどないので、結局埋もれたりしています。
そんなわけで、以前書いたショートショートをどこかに上げようかなと思って、カクヨムをチェックしてみたのですが、そこで絶望してしまいました。
いや、絶望とはネタですが、カクヨムのSFカテゴリーに入れてもオモシロ設定の作品に負けて埋もれるだけかというような感じだったのでブログに置いておきます。
「進化の代償」by雅龍
【あらすじ】
さえない遺伝子研究者の僕。明らかに社会は僕とは別のところで回っていた。
日常の中に希望を持てなくなりそうな僕が望んだことは「進化」することであった。
夢か幻かわからない時間が過ぎたのち、それは不意に訪れた。長い眠りの末、僕は理想の人類へと生まれ変わったのだ……。
世にも不思議なカブトムシの恩返し。
「進化の代償」by雅龍
※この物語はフィクションです。現実の設定とは一切関係がありません。
「そこの君、その虫をいじめるのをやめてあげなさい」
なぜだろう、僕はそう声を掛けてしまった。
夏の日、独り身の休日。近所の公園で昼間からビールを飲んでいた僕は酔っていたのかも知れない。
カブトムシに糸を括りつけ、飛ぼうとするところを手で弾いては落とす行為を繰り返す子供に、思わず声を掛けてしまった。
理由が特にあったわけではない。強いて挙げるなら、そのカブトムシに自分を重ね合わせてしまったのだろうか。
話しかけられた子供はポカンとして僕を見た。そのせいで指の力がゆるんだのか、カブトムシは糸をつけたままどこかへ飛び去って行った。
後に残されたのは、大声で泣く子供と、泣き声を聞きつけてやってきたその子の親ににらまれる中年男という構図だった。
社会的な弱者というのは、実はこういうことかも知れない。
公園からの帰り道、大きな音を出して走るバイクの騒音を聞いた。
まるで狼の遠吠えのようだ。自分はここにいるよと、人も叫びたいのかも知れない。
「この社会が間違ってるんだ」
そんなことを突然言われたら、誰だって引くだろう。
だから僕は浮くんだ。
35歳にもなって未だに独身。滅多に行かない合コンに行ってみればこの有様だ。
こんな僕に女性が興味を持つはずなどない。
空になったジョッキのおかわりを自分で頼むと、から騒ぎする同席者たちを見ながら自分の世界で次の研究課題のことを考える。
当然二次会の誘いもなく、早々に帰宅した僕は風呂に入った。
風呂上がりに見た自分の身体は腹回りの脂肪がさらに増していて、そのうち芋虫にでもなるんじゃなかろうかと思うほどに不恰好だった。
「人間は進化から取り残された生き物じゃないだろうか」
先日の合コンでの失敗のあと、僕はそう思うに至った。
見た目の良い奴だけがモテるなんて不公平だ。
僕は結婚もせず、子孫も残さずに人生を終えるかも知れないというのに、知力も体力も、特殊能力もないイケメンの子孫は順調に増える。
だとしたら自然界にあって淘汰される生物の、正しい進化は望めない。
本来、見た目で生き残るのは擬態できる奴だけだ。
僕は社会の中で擬態すらできていないのだが……。
「Aさん、なんですか急に。脳にヒートショックでもかけたんですか?」
プラスミドを加えた菌に50秒のヒートショックをかけ終わったところでE子が話しかけてきた。遺伝子組換えの作業中に、僕はどうやら思っていたことを口に出してしまっていたらしい。ひとり言など、恥ずかしいかぎりだ。
それにしても「脳にヒートショックでもかけたんですか?」とは失礼な奴だ。
昆虫由来のDNAとコンピテントセルの入ったマイクロチューブを氷上に置くと、僕は言った。
「あ、いや、なんでもない」
E子は新人の頃はそれなりだったが、最近はめっきり太って見る影もない。
もし無人島で二人きりになるとしても、E子ではその気にもならないだろう。
そう思ったところではたと気づいた。
イケメンに文句を言っておきながら、自分は相手を容姿で判断する。
結局、人とはそういうものか。なんと悲しい生き物だ。
「進化って、何万年とかそんなスパンで起こるんですよ? 人間だって、まだわからないじゃないですか」
不意にE子がまともに返してきたので、思わず彼女を見返してしまった。
「そうだな。遥か未来にはもしかして」
「または、急に突然変異で起こるかも」
「いずれ僕などが考えても仕方のないことか」
「最近そんなことばかりですよ。太陽の状態がどうだとか、火山がどうだとか。私たちが考えてもどうしようもないことばかり。人なんてちっちゃな存在だなって思っちゃいます」
確かに最近、マスメディアは太陽の黒点の数が減少しているとしきりに騒いでいる。
それがどうしたと言いたいところだが、なんでも小氷期、つまりミニ氷河期が地球に訪れるかも知れないらしい。
この間まで温暖化がどうこうと騒いでいた世間は、今度は寒冷化の話題で持ちきりだ。なんと社会とは、大衆とは流されやすいものか。
いや、流されているのは僕も変わらない。
偉そうなことを言っても、自分から日常を変える勇気などない。
なんてちっちゃな存在だ。
「で、どちら様で?」
夕食のコンビニ弁当の蓋を開け、一口食べたところで玄関のチャイムが鳴った。
出てみると、全身黒褐色の服を着た男が立っていた。
「怪しいものではございません。以前のお礼にうかがったのです」
以前の礼と言われても、そんなお礼を言われるようなことをした記憶がない。
「お礼など言われる覚えはないんだが……」
「いえ、子供にいじめられている私を助けていただきました」
「ン? まさか、君はカブトムシだとか言うんじゃないだろうね」
「そのまさかです」
「まさか」
「ですから、そのまさかです」
そう言うと男はにっこりと笑った。
僕は夢を見ているんだろうか。
「もしよろしければ、私を助けていただいたお礼に、ご馳走でもさせていただければと思いまして」
「いや、しかしもう夕飯は食べてしまったし」
「まだ箸をつけたばかりの弁当がここから見えています。ご遠慮なさらず」
振り返ると、8畳の我が家の居間は玄関から丸見えであった。
気を取り直して男に向き直ると、男は真面目な顔で立っていた。
「あれか、カブトムシのご馳走ってことは樹液とかスイカとか言うんじゃないだろうね」
「そんなことはありません。ちゃんと人間のあなたに合うものを」
「その辺の居酒屋とかで?」
「いえ、ここから少し行った山奥に我々のお屋敷がございますので」
「我々?」
「えぇ。我々昆虫の館です。なかなかのところですよ」
「そんな話、にわかには信じられないのだけれど」
「悪いようにはいたしません。どうぞ私と一緒に来てください」
カブトムシを助けたお礼に、どこかに……。これが亀だったら浦島太郎じゃないか。
「そこは竜宮城とか言うんじゃないだろうね?」
「館に特に名前はありません」
「帰ってくるとき、玉手箱を渡されてじいさんになるとか」
「玉手箱……玉虫の殻で作った箱ならあるかも知れませんが」
「もし宇宙の旅をするなら、実験器具を持って行きたい」
「宇宙へは行きませんよ。我々にもそんな技術はありません」
「じゃあ、なにがあるんだい」
「ですから、ご馳走など差し上げられればと」
結局、僕はカブトムシについて行くことになった。
なぜかと訊かれても、うまく答えられない。男の話を信じたわけではない。ただ、この日常から逃げ出したいとどこかで思っていたのは間違いない。
「では、参りますよ」
カブトムシだと名乗る男にハグされると、僕の身体は宙に舞った。
男であろうとカブトムシであろうと、ハグされたのは何年ぶりだろうか。
「僕の望み……ですか……」
唐突にそんなことを訊かれても、なんと答えたらいいものか。
昆虫の館で、豪華な料理の並んだテーブルを前に、僕は悩んだ。
少し離れたステージのようなところでは、タイやヒラメの代わりに、蝶とクワガタが舞い踊っている。
「望みを言ってごらんなさい」
頭から触覚を横に広げたカイコ蛾の女王が僕に促す。
普段から愚痴を言っているわりには、望みを訊かれて即答できなかった。
他人に不満を持ち、社会に不満を持ち、人間という種に不満を持ち、しかし自分自身すら変えられない。外界の変化に合わせて生きるだけで、自分から世界を変えようとする意気込みなどない。僕は、そんな人間だ。
もし、そんな人間でも、出来るなら……。
「進化、させてください」
「進化?」
「変わりたいんです。自分を変えたいんです。今をリセットしてやり直したい」
「なぜ、そう思うんです」
それから僕は、なぜか昆虫の女王に人生の悩みを打ち明けていた。
悩みを打ち明けた後はとてもすっきりした気分になって、虫たちとの宴を純粋に楽しんだ。
甘い酒だかなんだかよく分からない液体を飲み、広い風呂にも入らせてもらってその夜の宴は楽しく過ぎた。
帰り際、カイコ蛾の女王は僕を見送りに来た。
そして、こう言ったのだ。
「Aさん、望みを叶えましょう」
そういうと、女王は僕に糸を吹き付けた。
口の無いカイコの成虫が、どこから糸を吐くというのだ。
繭に包まれながら、僕は「これは夢なんだ」と思った。
「夢だった」
こうなることが僕の夢だったのだろうか。
僕の意識は残っているが、感覚器官はひどく鈍い。身体器官からのフィードバックは皆無と言っていい。
最後に聞いた音は、試験管の割れる音だった。
僕はきっと死ぬのだ。
ただグルグルとそんな浅い思考が巡るだけで、時間の意識すらなく過ごした。
明け方の浅い眠り。
そう。それが最も近い表現かも知れない。
そう思っていた僕の冷えきった身体に、温かな感覚がよみがえってきた。
僕はついに目覚めようとしていた。
長い時間が経った気がする。
気怠さのなか、僕は伸びをした。
すると目前の壁にひびが入り、光条が広がった。
湿った身体にゆっくりと力を入れると、壁は大きく割れた。
壁は強い光に引き裂かれた。
「光あれ」
そう言いたくなるほどの力を感じさせる光。
僕は外に出た。
眩しい。眩しすぎる。
僕は生まれ変わったのだと、そう感じた。
そして、世界も変わっていた。
「僕は生まれ変わったのだ」
僕が繭から出ると、世界は一変していた。
街は砂に埋まって荒廃し、都市部では見られなかった植物が繁茂していた。
ひらけた広場のような場所では、砂地の上に水が流れたような跡が残り、ところどころ真っ黒な土が覗いている。
なにかが地球に起こり、僕は生き延びていたのだった。
––––太陽黒点の減少は、地球の気候に大きな影響を与えた。
大気循環、潮流の変化、そしてそれと連動するかのように起こった多数の火山噴火の噴煙によって、世界は小氷期を迎えた。そして寒冷な気候と氷床の発達で地表のアルベドは上昇し、寒冷化は加速していった。
人類は食糧難とエネルギー不足でその人口のほとんどを失うこととなった。
多くの生物が死滅し、植生は大きく変わった。
寒冷な気候に適応した生物たちは、新たな生態系を築き始めていた。
淘汰の末の進化なのか、進化の末の淘汰なのか。
地上には新しい種が芽吹きはじめていた。
Aは、トレハロースを多く取り込み、さらに蛹化する身体を得たことで人間的なアポトーシスも逃れ、極寒の世界を乗り切ったのだった。
そして時は流れ、世界に春が訪れようとしていた––––
「春が、来た」
僕は訪れた春に、希望をみつけた。
なんと芳しい香りなんだろう。
社会という檻の中で、餌を与えられながら飼い殺しにされていた時は過ぎた。
本来生物が持つべき素直な感情に身を任せ、僕は世界を謳歌した。
解放された自由は、僕の野生を呼び覚ました。
感覚器は発達し、触角のような嗅覚と味覚と触覚を併せ持った器官が備わった。
脂肪として蓄えていた栄養はエネルギーへと替わり、再構築されたタンパク質は肉体の進化に利用され、スリムで長い手足や表皮へと姿を変えた。
脊椎動物でありながら、外骨格の昆虫、とくに甲虫に近い硬度の表皮を持つハイブリッドな生物。さながら鎧兜に身を包んだ戦士となって、僕はこの野生の世界へ降り立った。
周囲に敵になるものなど見当たらなかった。
僕は身体の命じるまま狩りをし、必要な分だけ食物を得た。
「素晴らしい」
今までの自分が夢なのか、サナギの中で見たことが夢なのか、こうして変態するために栄養を蓄えていたことは決定づけられていた運命だったのか。
完全変態し、望んでいた強い自分になれたことに僕は満足した。
人間の知能、甲虫や節足動物のもつ強靭な殻、そして素早く動ける四肢、それらを併せ持った地上でも最強に近い生物へと、僕は進化したのだから。
新世界で僕に与えられた次のミッションは、自分と同じ種の雌を探し繁殖するだけだ。
身軽になった僕は軽く数十キロ単位を移動した。
どこに行こうと、これまでの旧人類を見かけることはなかった。
絶滅したか、赤道近くで生き延びているのか……。
荒廃した文明を見て僕は寂しさを感じるかと思ったのだが、何故だかどこか清々とした気持ちになった。
疲れを感じたら休めばいい。
腹が減れば狩ればいい。
僕は生きている。
配偶者を求めて、僕は新世界を彷徨った。
「見つけた」
自分と同じ種の、雌。
女性だ。
体色が違うのと独特の匂いで、それが雌だとすぐにわかった。
やはり感覚が昔とは違う。
相手も僕に気がついたようだ。
「はじめまして」
僕はそう言って前脚を女性へと差し出した。
「もしかして、Aさん?」
外見がまるで違うので気付かなかったが、その一言は衝撃だった。
「もしかして、E子か?」
はるかな時間を越えて、出会った女性が、まさかE子だったとは。
彼女は匂いで僕が誰だかすぐに分かったと言った。
旧人類だった頃はありえないと思っていたが、新人類へと変態した彼女は素晴らしく魅力的だった。
「我々は、進化した人類となったんだな」
「まさか、自分が進化するなんて、あの話をした時には思ってもいませんでした」
彼女の身体の青い斑点は、紫を通り越して白くなった。
頬を赤らめるように、彼女は興奮しているのだろう。
「どうやら、この付近で出会った同種は君だけだ。この旧人類のいない世界で、僕たちは出会った。運命だと言わずしてなんだと言うのだろう」
E子は、笑顔とおぼしき表情をその玉虫色の顔に浮かべると、僕を熱い眼差しで射抜いた。
「僕たちは、この世界のアダムとイブになるべき新人類だ」
E子は、こくりと頷いた。
「さぁ、こっちにおいで」
抑圧された旧人類の頃には言う機会すらなかったような言葉でE子を誘うと、僕は彼女と交わった。
生物は自己複製をするために生まれたのだということを、快感を伴って実感した。
E子の身体はなめらかで光沢があり、視覚にも触覚にも上級なフィードバックがあった。外部との接触がこれほどまでに甘美なものだったとは。
何度も波のように訪れる感覚の果て、絶頂の中で僕は歓喜した。
「もう、俺は昔の俺じゃない」
興奮の冷めやらぬなか、俺はそう言った。
自分は変わったのだ。
自信の持てる肉体と、積極性のある性格、そしてE子という雌も手に入れた。
俺は、この世界の頂点に立つ生物だ。
この満足感をどう表現したら良いだろう。男の夢とも言える状況に俺はいるのだ。
しばらくして性欲の感覚が落ち着いてきたころ、俺は急に空腹を覚えた。
食物を獲得しなくては。
野生に生きるとはこういう醍醐味があるのだ。捕虫網を持ってはしゃいでいた幼少期のプリミティブな感情が蘇ってきた。
あぁ、なんとワクワクすることだ。こんな感情久しぶりだ。
そして初めての本当の愛。
様々な感慨が渦巻き、隣にいる彼女が愛おしくて仕方がなくなった。
旧人類の頃は恵まれなかった恋愛的な感情を、今初めて味わった気がした。
「E子、俺はお前を生かすためになんでもするよ」
触覚をV字にして、僕はE子の耳らしい部分に囁きかけた。
「Aさん、本当にありがとう」
そう言うと彼女は、俺にすがりついてきた。
あぁ、なんと素晴らしいことだ。こんな感覚初めてだ。
どこからどこまでがサナギの中で見た夢だったのか、この身体を手に入れた今となってはどうでもいいことだ。
彼女の熱い抱擁の中、俺は最高の自己肯定感を感じた。
E子の鋭い両アゴがバリバリと俺の身体を貫き、脳を食い尽くされて感覚が奪われるまで、俺はその素晴らしい感覚に酔いしれた。
(了)