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みやび☆りゅうの「わたくしスタイル」

エンタメ系Webライター兼、新米パパの雅龍(みやび☆りゅう)がお届けする、様々なこと。

【空想科学小説】「STAP細胞のなかった春」

※この物語は完全なるフィクションです。登場人物、団体の名称は現実とは何も関係ありません。
 
 
O博士は小躍りした。
白衣代わりに着た白い割烹着の胸のあたりを押さえると、自分の鼓動が高鳴っているのがわかった。
「まだだ。偶然かも知れない」
科学は実験と検証だ。
一度偶然に成功しても、そこで発表したら科学者として笑われてしまう。
仮定が実証されるまでには、まだ検証を続けていかなくては……。
 

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大学を卒業して5年。同級生の中には結婚して子供のいる人もいるが、私は大学院に進学し研究の道を進んだ。
女性としてどちらが幸せかということを言い始めると、有機体としての生物の目的なら繁殖だろうと推論されるが、私には研究で世界をアッと言わせたいという、ささやかではない夢がある。
そのために私はLIKENに入所したのだ。
その夢の可愛い尻尾を捕まえたのかも知れない。
尊敬するスナフキンも言っていた。
「大切なのは、自分のしたいことを自分で知ってるってことだよ」
私は、研究がしたい。
 

 

検証が進み、STAP細胞の作成過程に再現性が確認された。
今日の実験でもマウスから取り出した体細胞を溶液につけ、熱刺激を与えることで細胞の分化が見られた。正確には分化細胞が出来たと言うより、分化が可能かもしれない状態異常が見られたという状況だ。
しかし、これはもう間違いないと言っても過言ではない。
こういった最近の慎重な物言いはハーバードのB教授から以前指摘を受けたからだ。
科学者としての姿勢はそのB教授から多く学んだ。
論文の書き方も当初は”子供の落書きみたいだ”と言われることもあったが、大学院に進学するために必死になって論文を書いたおかげで、書式は掴めたし、論の組み立ても我ながら上手くなってきたと思う。
英語は相変わらず苦手だが。
 

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研究結果をLIKENの管理するUNIXベースのサーバに保存すると、私は割烹着を脱ぎ帰り支度を始めた。
そこへ尊敬するS副センター長がやってきた。
「今日も上手くいったようだね」
メガネごしに優しげな瞳が私に投げかけられた。
上司としてS副センター長の存在はとても心強い。副センター長が所内の調整や予算の獲得に尽力してくれるおかげで私も安心して研究に打ち込める。
「はい、蛍光発色が確認できました。発生率はまだ低いですが」
「データはサーバに上げた?」
「はい、もちろん」
「よし、じゃ後で確認しておくよ」
「よろしくお願いします。ではお先に失礼します」
Oは頭を下げ、部屋を出ようとした。
「O君」不意にSが呼び止めた。
「はい?」Oは振り返るとSを見た。顔には笑みが浮かんでいる。
「これが発表されたら、君は一躍有名人だな。まさに理系女子の星になるかも知れないな」
Oは嬉しいような、どこか照れくさいような気持ちが入り混じって少し俯いた。
俯き加減のままOはSを見ると、自然と上目遣いのようになった。
SはそんなOの表情に時々ドキリとさせられる。
「S先生、この研究は私だけの成果ではありません。W教授やSさんがいたからこその成果です」
Sは頷いて言った。
「この研究成果は世界を変えるかもしれない。だが、もし発表内容に何か問題があれば責任を取るのは私だ。君は周囲の余計なことは気にせず、再現手順の確認を繰り返して方法を確定してくれ」
Oは表情を引き締めるとSの言葉に感謝した。
 
 
ネイチャーに「アーティクル」と「レター」が掲載された。
Oは自分の研究成果論文がネイチャーに取り上げられる日が本当に来ようとは、夢が現実になるというのはこういうことかと胸と目頭が熱くなった。
W教授がハーバードのB教授と国際電話で喜びを分かち合っている声を聞きながら、Oは喜びに浸っていた。
まさかこの喜びが急転直下し、人生を揺るがす苦しみとなろうとはこの時は考えもしなかった……。
 

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「ついに明日が記者会見だね。この1年、本当によく頑張りました」
タクシーで帰る途中の車内で、SはOにそう声を掛けた。
その時Oは研究室で飼っているカメに餌をあげたか思い出せず、あげてなかったらどうしようかなどとたわいもない心配をしていた。
Sからの優しい言葉を受け、Oは明日の記者会見への緊張が再び訪れてきた。
「本当に私なんかが記者会見を受けていいんでしょうか。W教授やB教授の指導があったから私も成果が出せたのに」
「幸運のカメのおかげだろ、成果が出せたのは」
珍しくSがそんな冗談を言ったことに、Oは思わず笑ってしまった。
「先生がカメを飼うことを許してくれたからですよ」
Oはそう言うと、Sの膝にそっと手を置いた。
 
 
日本全国に、Oの映像が溢れた。
記者会見が終わりO自身の興奮はそこで一旦落ち着いたが、メディアを巻き込んだ熱狂はその時から始まった。
世間では「リケジョ」という言葉が流行し、Oはその最先鋒にいる存在となった。
普段は静かな研究室にはひっきりなしにテレビなどのメディアの取材陣が訪れるようになり、この時が訪れることを見越してピンクと黄色に塗り直した研究室の壁がOの存在を一研究者から、理系女子のアイコンとしての存在へと作りかえていった。
 
だが、Oには既に転落する運命が仕組まれていた。
 

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記者会見から2ヶ月、論文に不正疑惑が上がった。
Oにも悪いところはあった。
苦手な英語を補うために、既存の他の論文の文章を利用した部分は確かにあった。
しかし、実験結果の発表の根幹である画像が他からの盗用ではないかと言われている。
結果にも当然疑惑の目が向けられた。
これはOにも信じがたい内容であった。
実験中にES細胞などが混入、コンタミネーション(汚染)があったとは到底思えない。
なぜだ。
TCR再構成という証拠は確かにあったのだ。
Oは混乱のまま、釈明会見の場に臨んだ。
言うべきことは一言しかなかった。
「STAP細胞はあります」
 
Oは知らなかった。
当然、S副センター長もW教授も気づいていなかった。
基本的に外部からの侵入は難しいはずのLIKENのUNIXサーバに海外からアクセスされ、研究データが漏洩しただけではなく、研究成果として保存していた画像データがすり替えられていたことを。
研究の途中ではなく、論文を作成する時点でデータがコンタミネーション(汚染)されていたのだ。
当然そのデータを使って発表された論文は、既に自身の研究成果の発表できる状態にはなかった。
本来の研究成果は、そのまま海外のラボで秘密裏に検証され、ほとぼりが冷めた頃に全く別の研究から発見された成果として発表されることになっていた。
大きな利権を生む研究成果は、脇の甘い日本から鷹の目のような海外の企業に奪われ、結果莫大な特許使用料は本来の権利の持ち主の元には訪れることは無くなってしまった……。
 
 
 
あれから2年。
Oはあの時起こったことを4ヶ月掛けて本に書いた。
責任を取ると言ったS副センター長は、不可解な自殺を遂げた。
Oは大きな味方を失い、孤立した。
寂しかった。
悔しかった。
このままで終わらせたくないという一心で、執筆作業に向かい合った。
研究者としての人生をほぼ失ったOに、もはや未練はなかった。
精神は崩壊寸前で、どこにも居場所がなくなったOにとって、STAPと関わった時間だけが人生のピークだとは思いたくなかった。
Oは思った。
大好きなスナフキンはなんと言ってたっけ。
そうだ。
「眠っているときは、休んでいるときだ。春、また元気を取り戻すために」
 

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春、Oは人生相談で有名な尼僧とともに京都の嵯峨野にいた。
尼僧と話して、Oは気が軽くなるようであった。
Oは尼僧に、ありのままを話した。
「私、忘れようとしていたのですよ。記憶をどこかに捨ててしまいたいと。でも、私はこの記憶とともに生きていくのですね」
新緑が芽吹くように、Oの心の中に小さな新しい人生が芽吹き始めていた。
 
(了)
 

 

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