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みやび☆りゅうの「わたくしスタイル」

エンタメ系Webライター兼、新米パパの雅龍(みやび☆りゅう)がお届けする、様々なこと。

寛容さを失う島国根性と、何かにまつわるエトセトラ

最近PUFFYが久しぶりに露出してきているので、脳内再生が「カニ食べ行こう」と言っている。
でも行く余裕のない雅龍です。

 

何と言えばいいのか分からないことが現代社会には多過ぎて、本当に何と言ったらいいか見当もつかない。

最近で言えば乙武さんの一物満足だとか、バドミントン部の課外活動だとか、人気になってきてた声優のAV(アルヴァイトの略)疑惑だとか様々などうでもいいことが取り沙汰されているのだが、私にしてみれば本当にどうでもいい。

そういう話題が巷に溢れていると、せっかく私が政治経済のニュースを読もうとしているところで、目に入ってきたそれらの話題をついついクリックしてしまう。
本当に興味がないので、これ以上勝手に指を動かさないで欲しい。

世のメディアというものは、結局話題をさらったものを追った者勝ちである。

かくいうこう言ったブログでもPVを稼ごうとするならば、自分が興味なくとも最近の話題に乗ったりする場合も多く、中身の薄いままリリースされるそれらの情報を私などはキャッチ&リリースしているので、だんだんと煩わしさも感じてきている。
本人がくだらないと思っていても、世間が騒ぐ話題に乗ることが稼ぐことに繋がるから結局乗らざるを得ない。
なぜ乗ったのかと彼らに問えば、必ず「そこにビッグウェーブがあったからだ」と答えるに違いない。自分の思いは二の次なのである。


愛や信念がないままメディアによる報道は続き、それらを目にした人たちはそれぞれに思いはあるのだろうが、今回の日清のCM騒動は少し社会の歪みを感じさせられた。

blogos.com

 広告業界を昔ほんの少しだけ目指していた私としては、今の世の中こうなってきているんだと想定しないといけないんだなと感じた。

 

CMは3月30日から放送されている「OBAKA’s UNIVERSITY」シリーズの第1弾。矢口さんや小林幸子さん、新垣隆さん、畑正憲さんが教員役で若者らに講義し、学長役のたけしさんが最後に「いまだ!バカやろう!」と呼びかけるもの。 

 不倫騒動があった矢口さんは、CMの中では心理学部准教授役。「二兎(にと)追うものは、一兎も得ず」と力強く訴え、学生に「これ実体験だよね」と笑われる。ゴーストライター問題があった作曲家の新垣さんは、芸術協力学部教授役で二人羽織のように学生の背後について「そうだその調子」と言いながらピアノを弾く。視聴者からは「不倫や虚偽を擁護しているように見える」などの意見があったという。

 内容はバカバカしいけど洒落が効いてて私などは楽しいと思うのだが、世の中のごくごくごくごく一部の人には不倫や虚偽を擁護しているように見えるそうだ。
まぁ、思う人もいるのかも知れない。

だが、彼らの起こした行為には虚偽や背信はあったにせよ、厳罰に処せられるほどのものだろうか?

意見を上げた人は、このCMで取り上げらたことによって、彼らの行為が正当化されているとでも思ったのだろうか?
私にはそうは思えない。逆に、彼らの戒めを持って笑いとすることで、その話題が再び世に上がり、そしてそういった行為をした者たちはどうなるかという反面教師となるのではと思った。が、そうは思わない人もいるのだ。

そのような意見にCMを公開した日清が折れてしまったことも残念だが、今回のこの話題で、日本がいかにつまらない国になったのかを感じた。
つまらないというのは語弊があるかもしれない。
罪を憎んで人を憎まずという寛容さを失ったことがつまらないと感じたのだ。

 

所詮人間、聖人君子などそうそういるものではない。
皆自身の内なる欲望と理性の狭間で葛藤しながら、日々をやり過ごしているのだ。
若くして売れたアイドルやスポーツ選手であれば、一般的なところとはズレた部分でその抑圧の体験がバランスを崩すことなど、多々あるのではないかと思う。

人には自然に本能的な欲望、性欲や食欲に加え競争する欲求があり、社会的な欲望、例えば承認欲求だったり名誉欲があり、本能と社会にまたがって金銭的な欲が備わっているのだ。
その誰もが多かれ少なかれ秘めている欲について攻め始めたらキリがないどころか、自分に返ってくるブーメランである。
今回CMに抗議したような潔癖性を持つ人格の方は、おそらく心に非常に弱い面をお持ちなのであろう。ダークサイドに下りたくないだとか、バイキンマンに汚染されたくないだとか、そういった恐怖と普段から戦っているのに違いない。
だから、その境界を崩そうという話題を遠ざけたいのだ。

ネット社会になるまでは、こう言った方の意見は当事者まで届かなかったのだと思うが、ネット社会が進んだために意見が届くようになってしまった。

その意見を受けた人間も、気を遣うべきだと思う優しさもあり、変にこじらせたくないという気持ちもあり、折れてしまうことが多くなった。

確かにその対応もわかる。

だが、そんなことが一般的な対応となってしまったら、社会は衰退するしかないのだと思う。

人間は多様性を持っている。
いろんな意見があって当然なのだ。

人間という社会的な動物は弱者を擁護し、あらゆるDNAの可能性を保存してきたからこそ、現代まで生き残ってきた動物なのだと考えれば、その多様性を縮小させ抹殺するきっかけを与えることは人類という種そのものの存続を危ぶませることに繋がりかねない。

自分と他人は違うという価値に気づけない人間。これは今回のCMを作った側かも知れない。だが、さらにそこで非難する人たちの影響力が強くなることは、多様性に対する寛容さを失い、島国の中でやがて来る進化の衰退を待つことになるのであろう。

だからさみんな、もう少し他人と自分の違いを許容してみようよ。

例えば甲殻類アレルギーを持った人も世の中にはいるんだ。
「カニ食べ行こう」と誘うこともハラスメントかも知れないし、断るときも「はにかんで言おう」

 

 

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